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長崎地方裁判所 昭和34年(わ)157号 判決 1961年12月16日

被告人 川上昭治

昭一五・三・一〇生 無職

宮崎敏明

昭一四・九・二七生 無職

主文

被告人両名をいずれも死刑に処する。

押収にかかる現金一五、〇〇〇円(証一号)、同一五、五〇三円(同三号)は被害者木下久雄に還付する。

理由

(被告人等の経歴、及び本件犯行に至る経過)

一、被告人川上昭治は、長崎市内で中流の旅館業を営む両親のもとに育つたが、その実子ではなく、生後間もない頃他から貰い受けられ、戸籍上の実子として育てられた。中学卒業後、商業高校を受験したが失敗し、夜間の第二商業高校に進学し、昼間働きに出るようになつてから勉学が片手間になり、次第に向学心を失つた。同校三年生頃からパチンコ等にこり出し、その遊興費作りに質屋通いをするに至つた。このようにして次第に不良化し、クラスのボス的存在となり、四年在学中の昭和三三年九月頃、下級生を殴打し負傷させた事件を起し、右第二商高より退学処分を受けたが、父や教師の配慮によつて同年一〇月頃、私立海星高校定時制四年に転入学することができた。

ところが転学してからも相変らずパチンコ等遊興にふけつたため、学校を怠けることが多く、昭和三四年に入つてからは一〇日位しか登校しない行状であつた。この間職歴としては、鉄工所工員、新聞配達、ヤクルト配達等を転々した後、昭和三三年一二月から本件被害先の大万家具店に自動三輪車の助手として働いたが、翌三四年一月中頃勝手に三輪車を動かして同店に陳列中のタンスをこわす事故を起し、叱られて店を飛び出し、二、三日後戻り謝罪し復職を申し出たが店主に拒否され、解雇を申し渡された。その後はなんらの職にもつかず、ぶらぶらしてはパチンコ、映画等に遊び廻つていたが、右大万家具店を解雇された際、店主の態度が冷酷であるように思い、勤務中の待遇も「けち」な所があつたように考え合わせ、店主の木下夫婦に対し不満の情を抱いていた。なお自己が両親の実子でない事情を早くから知つていことから、長ずるに及び次第に両親に対する感情に疎隔を来たすようになり、本事件直前の頃は両親のもとを離れて遠くに行つて生活したい希望を抱いていたものである。

二、一方被告人宮崎敏明は、田舎で雑貨商を営む両親の長子として生育し、大学進学を期待されて長崎の中学校を終えたが、川上と同様商業高校の受験に失敗し、第二商高に入学してから親や親類のもとを離れ純然たる下宿生活に入り、親もとから若干の補助を受けつつ昼間は働いて学資、生活費を稼ぐうち、次第に学校を怠り不良仲間と交際するようになり、これも四年在学中の昭和三三年九月頃、学校内で暴行事件を起して第二商高を退学させられ、同年一〇月川上同様に私立海星高校定時制四年に転入学した。この間職歴は、印刷所の配達員、米穀店々員、米穀会社自動三輪車助手を転々し、昭和三三年七月頃右最後の職をやめてからは定職につかず、失業保険金等で遊んで生活していたが、ダンス等の遊興にふけつたので遊興費がかさみ、そのため下宿代や月謝まで滞納するに至つた。

三、両名は、第二商高当時は殆ど交際はなかつたが、同時に退学処分を受け、同様に転入学したことからその後急速に親密となり、その後は親交の度を加え、昭和三四年一月以降は殆ど学校へ登校せず、パチンコや映画等に遊びふけり、金がなくなると自己の物や知人の物を入質して金を作り、更に遊興するという行状を共にしていたものである。

(罪となるべき事実)

かくして昭和三四年二月上旬頃に至り、川上は遊興費に困るようになつてその頃宮崎に、自己がもとの働いていた前記大万家具店から商品の鏡台を盗み出して金にしようかと話をもちかけたが、宮崎に鏡台では金目もないし人目につくと反対され、一旦これは断念したが、学校の試験がすんだ同月二二日頃になると、川上は愈々遊興費に窮し、その頃宮崎の下宿に行つて同人と花札をしているうち、川上がパチンコに相当金を使つてしまつた旨話すと、宮崎も下宿代や月謝が二ヶ月分たまつていて一万円位金がいる旨を話し、そのようなことから互に「何か大きなことでもしようか」という話になつたので、川上から再び前記大万家具店の件をもち出し、川上が同店の内情に通じていたことから、同店は年寄り夫婦だけが三階に住んでいるが、表の戸締りは不完全な所があつて侵入は容易であること、金庫には相当の現金があると思われること、おどし用の兇器としては、同店一階の道具箱に大工用「のみ」があり、同炊事場に鉈があるのでこれを使えばよいこと等を説明し、宮崎もこれを了承し、かくして金品窃取を決意し、各自右兇器を取出し携行し、三階に就寝中の木下夫婦が気付けば右兇器で殺害して強取を逐げようと共謀するに至り、なお実行日時は同月二十五日午前一時とすること、指紋を残さぬよう手袋を持つて行くこと等も打合わせた。

犯行の前日たる同月二四日は朝からパチンコ等して遊んだ後、食堂で食事を共にしながら愈々当夜決行することを確認し、犯行後に受け出すべき質札を整理したり、逃亡に備えて翌朝の汽車やバスの時間表を写しとる等の準備をし、更に映画、ダンス等に時間を過して夜の更けるのを待ち、同月二五日午前二時三〇分頃、前記大万家具店の表戸を外して屋内に侵入し、右謀議どおり被告人宮崎は一階炊事場から薪割り用鉈一本を、被告人川上は一階店舗の道具箱から大工用のみ一本をそれぞれ取出して携行し、足音をしのばせて二階に上り、同所で靴をぬぎ、ついで前記木下久雄当時(五〇才)及びその妻みどり(当時四八才)が枕を並べて就眠中の同店三階八畳の間に忍び入り、右夫婦の寝息を窺つた後各々室内を物色するうち、被告人川上において、右木下久雄が寝返りしたように感じたので、犯行が発覚したと思い、いきなり右手に逆手にもつていた前記のみで右久雄の背部を突き刺し、ついで布団の上に乗りかかつてその頭部を押えつけまたみどりの右肩上部を突き刺し、被告人宮崎は川上から「宮崎」とよばれたように思い、川上の方を見たところ、同人が久雄に斬りかかつたようであつたので犯行が発覚したと思い、左手にもつていた鉈を右手に持ちかえ木下みどりの頭部を目がけて数回減多斬りに斬りつけ、更に木下久雄の頭部を目がけて右同様に数回斬りつけ、更にまたみどりの頭部に斬りつけた。川上はその間みどりに乗りかかつて押えたり、久雄に乗りかかつて押えつけたりし、苦悶の声を発する右両人に頭から布団をかぶせてその反抗を抑圧した上、更に物色を続けて木下久雄の枕元にあつたズボンのポケツト内に現金三二、九〇〇円を発見しこれを奪取したが、右傷害により、木下みどりに対しては頭部に五割創(頭蓋骨複雑骨折を伴う)、顔面一割創左肩部に一刺創等を負わせ、よつて同年三月八日午前五時頃同市広馬場町十善会病院において、右受傷に基く脳挫創により死に至らしめて殺害の目的を遂げ、木下久雄に対しては、頭部に七割創(頭蓋骨複雑陥没骨折を伴う)、背部に一刺創等の瀕死の重傷(入院加療約二ヶ月を要し、退院後の現在もなお正常の精神生活は不能)を負わせたに止まり、これを殺害するに至らなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人両名の判示所為中、木下みどりに対する強盗殺人の点は刑法第二四〇条後段、第六〇条に、木下久雄に対する強盗殺人未遂の点は同法第二四三条、第二四〇条後段、第六〇条に各該当し、その各罪はそれぞれ同法第四五条前段の併合罪であるところ、量刑について考えるに、

本件犯行は被告人等がかねて不真面目、怠惰な生活態度であつたことから、遊興費等に窮した末私欲を満たすために敢行したものであり、その動機において毫も憫諒すべき点なく、しかも周到な計画のもとに行われ、犯行の方法は極めて残虐であつて目を覆わしめるものがある。

深夜業を了え安らかに睡眠中の被害者夫妻に対し何の罪もなくして一名にはその生命をたち、他の一名には瀕死の重傷を負わせて廃人同様の結果に至らしめ、一瞬にして人生の幸福を奪い去つたものであり、その遺族等の悲嘆の情は察するに余りがあるのみならず、長崎市の繁華街に発生した兇悪犯罪として、社会に与えた不安、衝動ははかり知れないものがある。被告人等は当初から確定的な殺意を有していたとは認められないが、殺害に至るべきことを十分予期し、これに備えて兇器を携行し、被害者等に気づかれたと見るや直ちに兇器をふるつて残忍な殺傷行為を敢てしたもので、その人命軽視の態度において許し難いのみならず、被害者等が抵抗力を失つた後なおも物色を続けて金員奪取を遂げ、兇器は便壺に隠匿投棄し、表戸は元どおりにして逃走し、列車で高飛びするに先だち右奪取金を以てかねての入質物品を質受けするなど、事後の行動も大胆不敵にして犯意は極めて強固であつたといわねばならない。

被告人等は共に年令が若く(犯行時、川上は一八才一一月、宮崎は一九才五月)、思慮分別は必ずしも十分でなかつたこと、家庭環境においても不遇であつて適切な監督の欠けた所から不良化したが、いまだ犯罪経歴はなかつたこと、検挙後は詳細に犯行の一切を自白し、深く前非を悔いて現在に及んでいること等は有利な事情として認められるが、これらの事情を考慮しても、以上認定の犯情に照らし、被告人等の罪責はまことに重大であつて、社会防衛のためまさに極刑を以て処断するほかなく、被告人両名の間に、その罪責に差等を来たすべき事情は認められない。

よつて、被告人両名につき、刑法第一〇条によりいずれも犯情の重いと認める木下みどりに対する強盗殺人罪の刑により、所定刑中死刑を選択し、同法第四六条第一項本文により他の刑を併科せず、被告人両名をいずれも死刑に処する。押収にかかる現金一五、〇〇〇円(証一号)、同一五、五〇三円(同三号)は本件犯行により得た賍品で被害者に還付すべき理由が明かであるから、刑事訴訟法第三四七条第一項により被害者木下久雄にこれを還付することとし、本件の訴訟費用は同法第一八一条第一項但書を適用し、被告人両名共これを負担させない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 亀川清 和田保 及川信夫)

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